自動車と世界の自動車メーカー

jp.world-car-auto.com

 

マツダ ファミリアの画像

マツダ ファミリアの画像は随時、更新されます。お目当てのコンテンツを見た後でまた見に来てください。

マツダ ファミリアとは

グランドファミリアについてはマツダ・グランドファミリアを参照

ファミリアアスティナについてはマツダ・ファミリアアスティナを参照

ファミリア (FAMILIA) は、1963年(昭和38年)10月から2003年(平成15年)10月まで、マツダ(旧東洋工業)が製造生産していた小型自動車である。現在は日産自動車からOEM供給を受けて販売されている商用車のファミリアバンにその名前が残っている。

目次

  • 1 歴史
    • 1.1 初代 SSA/MPA/BSAVD/MSAG型(1963年 - 1967年[1]
    • 1.2 2代目 FA3型(1967年 - 1973年[2]
    • 1.3 3代目 FA3型(1973年 - 1977年)
    • 1.4 4代目 FA4型(1977年 - 1980年[5]
    • 1.5 5代目 BD型(1980年 - 1985年)
    • 1.6 6代目 BF型(1985年 - 1989年[6]
    • 1.7 7代目 BG型(1989年 - 1994年[7]
    • 1.8 8代目 BH型(1994年 - 1998年)
    • 1.9 9代目 BJ型(1998年 - 2003年)
    • 1.10 バン/ワゴン Y10型(1994年 - 1999年)
    • 1.11 バン/ワゴン Y11型(1999年 - 2008年)
    • 1.12 バン Y12型(2007年 - )
  • 2 車名の由来
  • 3 脚注
  • 4 関連項目
  • 5 外部リンク

歴史

自社開発モデル

ここではマツダ(東洋工業時代を含む)が自社開発した車種について述べる。

初代 SSA/MPA/BSAVD/MSAG型(1963年 - 1967年[1]

マツダ・ファミリア(初代)
SSA/MPA/BSAVD/MSAG型
2ドアセダン
初代ファミリア01.jpg
4ドアセダン
1964 Mazda Familia 01.jpg
販売期間 1963年10月 - 1968年2月
ボディタイプ 2 / 4ドアセダン
2ドアクーペ
3ドアライトバン
2ドアピックアップトラック
駆動方式 FR
サスペンション 前:ダブルウィッシュボーンコイル
後:半楕円リーフ
全長 3,700mm
全幅 1,435mm
全高 1,385mm
ホイールベース 2,190mm
車両重量 720kg
データモデル 4ドアセダン 4速コラムMT
-自動車のスペック表-

当時、主力商品をオート三輪から軽自動車や小型トラックに移行させつつあった東洋工業(マツダ)は、キャロルとファミリアという2つの小型車の開発を開始する。しかし、小型自動車への参入は時期尚早と判断され軽自動車であるキャロルが先に発売された。ファミリアは市場調査の結果、商用車としたライトバンの開発が優先された。このライトバン車種が1963年10月に「マツダ ファミリア」として販売開始され最初のファミリアとなった。エンジンはキャロル用エンジンの排気量を拡大した水冷4気筒OHV782cc、最高出力42PS/6000rpm 最大トルク6kgm/3200rpm。乗員5名、後部シートを倒した時の積載量400kgであった。テールゲートは上下水平開きで、上側扉はフリーストップと呼ばれどの位置でも固定できる機構が採用されていた。スタンダード車種が43万8千円、デラックス車種は46万8千円で販売された。ファミリアは当時の他のライトバンと比較し、「貨客兼用というよりも乗用に近い」と評された。

  • 1964年4月には、乗用タイプとして「ファミリアワゴン800」が追加された。1964年10月に4ドアセダン車種が追加発売され、「ファミリアセダン800」と名づけられた。この時点で総アルミ合金エンジンが搭載され、これは「白いエンジン」と宣伝された。さらに翌月の11月に、2ドアセダン車種「ファミリア2ドアセダン800」が追加された。
  • 1965年11月、1000ccエンジンを搭載して「ファミリアクーペ1000」として発売された。セダンとクーペはベルトーネ、トラックは小杉次郎がスタイリングを担当し、個性的で美しいイタリアンデザインが好評を博し、商業的に成功を収めた。800(782ccエンジン)のモデルは、前方のナンバープレートを上方にめくり上げるとバンパーにクランク棒を通す穴が設けられており、これにより、バッテリー上がり時にはクランク棒による始動ができた。末期に追加された1000ccエンジンの2ドアセダンにも、この仕組みがある。なお、1000cc2ドアセダンは、モデル末期の廉価版という位置付けのため、当時装着が義務付けられていなかったサイドマーカーやウインドウォッシャー機構が省略されている。


2代目 FA3型(1967年 - 1973年[2]

マツダ・ファミリア(2代目)
FA3型
ロータリークーペ(フロント)
FamiliaRotaryCoupe.jpg
販売期間 1967年11月 -
1978年1月(生産終了)
乗車定員 5人
ボディタイプ 4ドアセダン
2ドアクーペ
3ドアライトバン
2ドアピックアップトラック
エンジン ロータリー直列2気筒 キャブ
最高出力 100ps/7,000rpm(グロス値)
最大トルク 13.5kgm/3,500rpm(グロス値)
駆動方式 FR
サスペンション 前:マクファーソンストラットコイル
後:半楕円リーフ
全長 3,830mm
全幅 1,430mm
全高 1,345mm
ホイールベース 2,260mm
車両重量 805kg
データモデル 2ドア ロータリークーペ 4速MT
-自動車のスペック表-
  • 1967年11月、ファミリアに初めてのフルモデルチェンジが行われた。デザインは、時流に乗って丸みを基調に一体感を追求したものとなった。また、三角窓は廃止された。ファミリアとしては最後のトラックモデルであるトラックも同時にモデルチェンジされ、エンジンは1000ccに一本化された。マーケティング面では、「オリジナル」という最少装備の低価格モデルを打ち出し、客が必要な好みの装備を加えることができるフルチョイスシステムを採り、多くの機能部品やアクセサリーを揃えた。マスキー法をクリアし、北米市場参入を果たしたのもこの車である。
  • 1968年2月 バンのフルモデルチェンジ、4ドアセダンに1200を追加。
  • 1968年6月には、マツダにとって2台目のロータリーエンジン搭載車である、ロータリークーペが発売された。インパネはT型のコクピットタイプ。
  • 1968年9月 モデルチェンジで絶えていたクーペモデルが復活。レシプロエンジンの1200ccエンジンを搭載。
  • 1969年7月 ロータリー4ドアセダンのSSと、平面インパネのロータリークーペEタイプを追加。
  • 1969年10月 セダンにT型インパネのロータリーTSSを追加。
  • 1970年4月 ビッグマイナーチェンジで、1000/1300のSOHCエンジンに換装。三代目の前身となる「ファミリア・プレスト」が発売された。トラックを除く全車はファミリア・プレストシリーズとなった。またロータリー車の一部を除きインパネのデザインも一新した。
  • 1970年12月 レザートップとラジアルタイヤを装備したロータリークーペGSと、1300クーペにT型インパネをもつ1300GFを追加。
  • 1971年9月には、サバンナのレシプロ版であるグランドファミリアが追加された。グランドファミリアはカペラとファミリアの中間的存在であったが、後にカペラのエンジンを搭載しサバンナと肩を並べる存在になった。
  • 1972年2月 マイナーチェンジで、セダン・クーペ・バンのレシプロ車のフロントグリルは、先に発売されたクーペGFと同じ物へ変更。フロントグリルにPrestoエンブレムを追加。1300は87馬力にパワーアップ。
  • 1973年9月 セダンとクーペがフルモデルチェンジした後も、バンとトラックはフロントグリルの変更を行い、1978年1月まで従来型を継続生産。最後まで角目2灯ライトであった。1976年2月以降は50年排ガス規制適合、ホイールキャップが廃止された。


3代目 FA3型(1973年 - 1977年)

マツダ・ファミリアプレスト(3代目)
FA3型
販売期間 1973年9月 - 1977年1月
乗車定員 5人
ボディタイプ 4 / 2ドアセダン
2ドアクーペ
駆動方式 FR
サスペンション 前:マクファーソンストラットコイル
後:半楕円リーフ
全長 3,855mm
全幅 1,540mm
全高 1,385mm
ホイールベース 2,260mm
車両重量 800kg
データモデル 2ドアクーペ 1300GF 4速MT
-自動車のスペック表-
  • 1973年9月に排ガス対策を睨んでのモデルチェンジ[3]が行われ、引き続き「プレスト」のサブネームが与えられた。車幅は従来のファミリアプレストより60mm拡大され、1540mmとなった。さらに、ヘッドランプが角形から丸形に変わり、リヤ周りのデザインが大幅に変更される。その一方で、カペラ、サバンナの登場もあり、ロータリーエンジン搭載車は廃止されている。エンジンは62馬力の1Lと87馬力の1.3Lの2種類。
  • 1976年2月に51年自動車排出ガス規制に適合するためのマイナーチェンジを行った際、ファミリアプレスト1300APとなった。APとはAnti-pollution(アンチポリューション:公害対策)の頭文字。1Lモデルが廃止され72馬力にパワーダウンした1.3Lに一本化。セダンとクーペ[4]が存在する。バンは全幅が拡大されず、2代目が基本的にそのまま継続生産された。


4代目 FA4型(1977年 - 1980年[5]

マツダ・ファミリア(4代目)
FA4型
Mazda 323 5ドア(前期型)
MHV Mazda 323 01.jpg
Mazda 323 5ドア(後期型)
1979-1980 Mazda 323 1.4 hatchback 01.jpg
Mazda 323 バン(中期型)
Mazda 323 estate 1980 Silver Steet.jpg
販売期間 1977年1月 -
1985年12月(生産終了)
乗車定員 5人
ボディタイプ 3 / 5ドアハッチバック
3 / 5ドアライトバン
エンジン 1.3L 直4 SOHC
1.4L 直4 SOHC
駆動方式 FR
全長 3,835mm
全幅 1,605mm
全高 1,375mm
ホイールベース 2,315mm
車両重量 820kg
データモデル 3ドア GF 5速MT
別名 マツダ・323
-自動車のスペック表-

4代目ファミリアは20代、30代の若い人々の要求に応えるべく、「新しい感覚」、「多用途性」、「経済性」に優れ、かつ「高品質」という4つのテーマで構想開発され、業界の常識を破る2年というスピードと、少ない開発費(20億円)で完成、1977年1月24日に発売された。1975年の8番目に開発着手されたモデルであることから、社内略号では「X508」となるが、それをそのまま広告にも用い、話題となった。欧州の小型車の主流となりつつあったハッチバックを採用したものの、もう一つ主流になりつつあった前輪駆動(FF)は採用されず、依然として後輪駆動(FR)を採用していた。これは、深刻な経営危機状態にあった1970年代半ばのマツダにはその為の巨額の投資ができず、また、FRでも、作り方によってはFFのライバル達に(短期的には)充分対抗できる車にできるという判断もあり、そこから生まれたのが、FRのハッチバック車という概念であった。実際、この4代目ファミリア自体も約3年で89万台以上を販売するなど予想以上の成功を収めたモデルである。機構的には基本的に旧来のファミリアプレスト(及びグランドファミリア)のレイアウトを踏襲しているが、唯一、リアサスペンションに二代目コスモの5リンク式車軸懸架を流用したのが大きな変更点である。グレードは3ドアSTD / DX / GF / スーパーカスタム、5ドアSTD / DX / GL / スーパーカスタム。

  • 1978年3月 1400追加。エンジンはUC型・1415cc 80馬力。3ドアツーリングカスタムはハロゲンランプとラジアルタイヤが標準装備となった。グレードは3ドアがGF、スーパーカスタム、ツーリングカスタム、エレガントカスタム。5ドアGL、スーパーカスタム、エレガントカスタム。中でもエレガントカスタムのインテリアは、明るいベージュで統一されルーチェ並みに豪華であった。
  • 1978年6月 バンのフルモデルチェンジ。2ドアと4ドアの二種類。既存ハッチバック車は昭和53年排出ガス規制適合と同時に一部変更。バンパーサイドにラバー横着。スーパーカスタムとGFのフェンダーミラーが角型になる。テールゲートのMAZDAロゴ大型化。
  • 1978年7月、1400に3速オートマチック車追加。
  • 1979年4月、マイナーチェンジでヘッドライトが角形となる。マニュアル車は低速ギヤの歯車比をアップ。その他50項目に及ぶ改良を実施。
  • 1980年6月、ハッチバック車が満を持して登場したFF(BD系)にフルモデルチェンジされたが、バンは排出ガス規制適応とマイナーチェンジを行い、1985年12月まで生産された。ハッチバックはさらにその後、主要コンポーネンツをそのままにスキンチェンジを行い、東南アジアでの現地生産車である「MR90」へと受け継がれている。


5代目 BD型(1980年 - 1985年)

マツダ・ファミリア(5代目)
BD型
3ドアハッチバック
(前期型)1980年6月 - 1983年1月
5代目ファミリア01.jpg
4ドアセダン(輸出仕様)
Mazda 323 Notchback.jpg
販売期間 1980年6月 - 1985年2月
乗車定員 5人
ボディタイプ 3 / 5ドアハッチバック
4ドアセダン
エンジン E5型 直4 1.5L EGIターボ/EGI/キャブ
E3型 直4 1.3L キャブ
変速機 3速AT
5速 / 4速MT
駆動方式 FF
サスペンション 前:マクファーソンストラットコイル
後:ストラットコイル
全長 3,955mm
全幅 1,630mm
全高 1,375mm
ホイールベース 2,365mm
車両重量 815kg
データモデル 5ドア 1500XE 5速MT
別名 欧州:マツダ・323
プラットフォーム マツダ・BDプラットフォーム
-自動車のスペック表-
  • 1980年6月、5代目にモデルチェンジ。ボディは当初は3ドアと5ドアのハッチバックのみ。9月に1978年に生産中止となって以来となる4ドアサルーンを追加。ワゴン・バンはラインナップされていない。スタイルはウェッジの効いたローワーボディと、大きなグリーンハウス(窓面積)によるクリーンなものに様変わりした。サルーンはハッチバックとは顔つきの異なる逆スラントノーズを採用。5代目のプラットフォームは、このクルマのために新規に開発されたもので、マツダ・BDプラットフォームと名づけられた。この世代で駆動方式が後輪駆動から前輪駆動となり、エンジンとトランスアクスルとを同軸に配するジアコーサレイアウトを採用した。リアには台形に配した2本のラテラルリンクと、長いトレーリングリンクをそれぞれのストラットによって支持する「SSサスペンション」と名づけられた、変形パラレルリンクストラット式を開発、簡潔な構造ながら抜群の操縦安定性を獲得した。シートはフルフラット化が可能な前席と、2分割でたためる上に角度調整(リクライニング)も備える背もたれを持った後席となっている。特に、3ドア「1500XG」の後席は、背もたれ部と側面内張りが丸みを帯びて連続するラウンジソファシートが採用されている。このBD型ファミリアは月間販売ランクで1982年に3度、1983年に5度、1位に立ち、デビューから1983年2月まで33ヶ月間連続で前年同月の販売台数を更新するなど、大ヒットを記録した。特に電動サンルーフを標準装備とした赤色の「XG」が若者に人気を博し、青年誌のナンパマニュアルやサーフ&スノー系のファッション誌などに頻繁に登場した(マツダ広報車の赤いXGがメディアに多く露出しイメージカラーとなった)。ファミリアオーナーへの取材記事も増える中、リアウインドウに張られた東京ディズニーランドと苗場プリンスホテルのステッカーや、ルーフキャリアに載せられたサーフボードが「モテアイテム」のステレオタイプとなり(中には、サーフボードが完全なアクセサリーと化し、ボルト留めされた例も紹介された)、「陸(おか)サーファー」なる流行語を産むなど、この時期「赤いファミリア」は社会現象となった。1980-1981 日本カー・オブ・ザ・イヤー受賞。後にアメリカやオーストラリアでもカー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。モータースポーツでも輝かしい功績を上げ、WRCモンテカルロ・ラリーではクラス優勝を果たした。
  • 1982年7月、生産台数100万台を達成。
  • 1982年10月、姉妹車のフォード・レーザーがオートラマ店にて発売される。
  • 1983年1月、マイナーチェンジ。電子制御燃料噴射「EGI」エンジンの「XGi」(3ドアハッチバック/4ドアサルーン)を追加。サルーンは逆スラントノーズからハッチバックと同じ顔つきへ変更。
  • 1983年6月、ファミリア初のターボエンジン搭載車となる「XG-R」(3ドアハッチバックのみ)、「XGターボ」(3ドアハッチバック/4ドアサルーン)を追加。


6代目 BF型(1985年 - 1989年[6]

マツダ・ファミリア(6代目)
BF型
Mazda 323 3ドア(前期型)
Mazda 323 front 20080220.jpg
Mazda 323 4ドア(後期型)
Mazda 323 front 20071206.jpg
バン(後期型)
Mazda Familia Van 1989.JPG
販売期間 1985年1月 -
1994年9月(生産終了)
乗車定員 5人
ボディタイプ 3 / 5ドアハッチバック
4ドアセダン
5ドアライトバン / ステーションワゴン
2ドアカブリオレ
エンジン B6型 1.6L 直4 EGI DOHCターボ/DOHC/EGI/キャブ
E5型 1.5L 直4 EGI ターボ/EGI/キャブ
B5型 1.5L 直4 キャブ
E3型 1.3L 直4 キャブ
B3型 1.3L 直4 キャブ
PN型 ディーゼル1.7L 直4
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
駆動方式 FF / 4WD
全長 3,990mm
全幅 1,645mm
全高 1,390mm
ホイールベース 2,400mm
車両重量 880kg
データモデル 3ドア 1500XG 5速MT3ドアハッチバック1500XG
別名 欧州:マツダ・323
プラットフォーム マツダ・BFプラットフォーム
-自動車のスペック表-
  • 1985年1月、フルモデルチェンジ。当初は1984年にモデルチェンジする予定だったが、5代目が好評だったため翌年の発売となった[要出典]。先代の成功からキープコンセプトとなり、スタイルの新鮮さよりも中身の熟成をアピールするモデルとなった。バリエーションは非常に豊富で、定番の3ドア・5ドアハッチバックと4ドアセダン、久しぶりのモデルチェンジで前輪駆動化されたバンとワゴン、1600ccツインカムターボ、日本初のフルタイム4WD、実用的なディーゼルエンジン、ファミリアで唯一のオープンカーであるカブリオレ、可変吸気システムを採用したスポルト16、後輪部に日本初のビスカスLSD(リミテッド・スリップ・デフ)採用したラリー競技ベース車であるGT-Aなどがある。 プラットフォームにマツダ・BFプラットフォームを採用。派生車にスペシャリティカー風のエチュードがあった。 前期型はBDファミリアから受け継いだタイミングチェーン式カムシャフトのE3型 / E5型エンジンが採用されていた。
  • 1985年7月、ファミリア初となるディーゼルエンジン車(1700cc)を追加。
  • 1985年10月、1600cc DOHC16バルブターボモデルを追加(3ドア∞、3ドアGT、4ドアセダンGT)。当時国内1600ccクラス最高の140ps(ネット)を発揮。同時に日本初となるフルタイム4WDモデルも追加(3ドアGT-X、3ドアGT(ともにB6型ターボ、型式名「BFMR」)、3ドアXG 4WD、3ドアXR 4WD(共にE5型、シングルキャブレター)。これはマツダとしてはWRC参戦計画の一環で作ったものであり、当時RX-7でグループBを戦っていたマツダが、ラリーにはフルタイム4WDでないと勝てないという現実をライバル車から見せ付けられたためである。こうして、投入されたフルタイム4WDのBFMRは、マツダ・ヨーロッパのラリーチームにより、RX-7と入れ替えで参戦。スエディッシュラリーでの優勝などから、雪の女王とも呼ばれるようになった。フルタイム4WD発売記念限定グレード「ラリースポルト」が発売されている。
  • 1985年12月、4代目から継続生産されていたバンモデルがフルモデルチェンジ。4ドア車2/5人乗り車に一本化され、これと同じボディのワゴンモデルが初代以来の復活となった。ワゴンのグレードは1500cc EGI搭載の「XGi」のみ。
  • 1986年3月、カブリオレを追加。塗色は専用色とされ、E5型ターボ、5速MT車の一仕様のみ。
  • 1986年7月、1500ターボに代わって1600DOHC16バルブの自然吸気仕様のスポルト16を追加。
  • 1987年2月、販売不振の一因と言われた保守的な外観を大幅にフェイスリフト。ターゲット層が異なるハッチバック系とセダン系・ファミリー系とスポーティ系とで差別化を図った。タイミングチェーン駆動のE型エンジンは廃止され、B6型と同じタイミングゴムベルト式で油圧式ラッシュアジャスターを採用するB5型(1500cc、SOHC8バルブ)、B3型(1300cc、SOHC8バルブ)エンジンへと改良。これによりE型のタペットを叩くようなシャカシャカ音はなくなり、マツダ特有の図太いノイズエンジン音に変化した。更にフルタイム4WDをセダンにも拡大採用。豪華仕様XGiグレード(B6型 1600cc EGI)の追加等も相まって、マツダのフルタイム4WD生産台数100万台への後押しとなった。ちなみにこのXGi 4WDには、マツダ4WD初の4速ロックアップ付きATが搭載されていた。その後カブリオレのエンジンをB6型 1600cc DOHCへと変更。4速AT車を追加。 後期型のフルタイム4WDには、競技モデルに快適装備を追加したGT-Aeが存在した。また後期型は、セダン拡販にも力を入れており、1500XGをベースにしたスポーティモデルのグランツなど、多岐にわたるモデルが存在した。
  • 1987年4月、ワゴンはマイナーチェンジされ、ボディのフェイスリフト&エンジンをE型からB型の1600cc EGIへと換装(バンは最後までE型を搭載)。「フルタイム4WD XGi」のみとなった。同年8月に4速ロックアップ付きAT車を追加。6代目が登場した1989年11月には最後のマイナーチェンジを行い、1300cc&1700ccディーゼルの「DX」と1500ccの「XE」を追加。「XGi」はタイヤが175/70R13から175/65R14にインチアップされ、フロント&リアバンパーを一体成型のカラードタイプへと変更。7代目登場後の1994年9月まで生産され、以降は日産のOEM車となった。ちなみに、1600ccの「フルタイム4WD XGi」は型式こそE-BWMRだったが、コンポーネンツはE-BFMRと共通である。
  • 1988年1月、各種特別仕様車を発売。1300ccモデルの最廉価グレードをベースにエアコン、パワーステアリング等が標準装備された「クレール」シリーズ、フルタイム4WDの「3ドア XR」、「セダン XL」をベースにタコメーターを省略した廉価グレード「レバンテ」、そして4ドアセダンのB6型DOHCエンジン搭載グレード「4ドアセダン GT」をベースにし、資生堂の男性用化粧品「タクティクス」とのコラボレーションから生まれた「ファミリア タクティクスバージョン」(全国100台限定)を発売。現在も南米にて、セダン、ハッチバックが継続生産されている。
モータースポーツ

WRCでは次なるBG8Zファミリアにバトンタッチするまで、前期型を継続採用。日本国内においても、このWRCカーのベースモデルである3ドアGT-Xが圧倒的な人気を誇った。しかし、次第にB6型のパワー不足が顕在化。急遽RX-7をフルタイム4WD化したモデルで参戦するなどの対策が講じられ、次期型 (BG8Z) の開発が急がれる結果となった。後期型の競技モデルGT-A、GT-Aeはハイオク化され、エンジン出力が150psにアップ。だが、市販車ベースの5速ミッションは弱く、国内ラリーでは“3速抜け問題”が頻発した[要出典]


7代目 BG型(1989年 - 1994年[7]

マツダ・ファミリア(7代目)
BG型
3ドアハッチバック(北米仕様・前期型)
'90-'92 Mazda 323 Hatchback.jpg
4ドアセダン(後期型)
1991年1月 - 1994年6月
Mazda Familia Sedan 1991.JPG
アスティナ(海外仕様)
Mazda 323f green front 20080301.jpg
販売期間 1989年2月 - 1996年11月
乗車定員 5人
ボディタイプ 3 / 5ドアハッチバック
4ドアセダン
エンジン BP型 1.8L 直4 DOHCターボ/DOHC
B6型 1.6L 直4 EGI/キャブ
B5型 1.5L 直4 EGI/キャブ→EGI-S
B3型 1.3L 直4 キャブ→EGI-S
PN型 ディーゼル1.7L 直4
変速機 4速 / 3速AT
5速 / 4速MT
駆動方式 FF / 4WD
サスペンション 前/後:ストラット式サスペンション
全長 4,030mm
全幅 1,675mm
全高 1,380mm
ホイールベース 2,450mm
車両重量 1,010kg
データモデル 3ドア インタープレー 1.5DOHC 4速AT
別名 欧州:マツダ・323
プラットフォーム マツダ・BGプラットフォーム
-自動車のスペック表-
  • 1989年2月、7代目にフルモデルチェンジ。従来モデルから大幅にコンセプトの変更が行われている。またこの代のファミリアはドイツ車のように非常にしっかりしたボディ剛性をもち、走りの安心感や、ハンドリング性能も高かった。フルタイム4WDは先代同様、センターデフロックスイッチ付きのフルタイム4WDとなった。1500ccの4WDは廃止され、B6に一本化された。しかし、コストダウンが図られ、先代のB6 SOHC EGIエンジンから、EGIが削除された。そのため、先代の85psから91psへ6psパワーアップしたものの、吹け上がりが悪くなった。またセダン4WDからは、先代にあったリアワイパーも廃止された。寒冷地仕様のフルタイム4WD車には、ヘッドランプウォッシャーが装備された。デザインは3ドア、セダン、5ドアがそれぞれ全く別の異なったデザインとなり、同じファミリアの名前を用いていても外観は完全に別々の車の形状をしていた。3ドアは全長を詰めてコンパクトさを演出し、フランス車を思わせる小粋なハッチバック、セダンは当時発売されていたメルセデス・ベンツ 190Eの影響を大きく受けたボディフォルム、後述する5ドアは、従来のものとは一線を画すイタリアン・デザインを与えられ、「アスティナ」として独自の道を歩みはじめるなど、それぞれの個性を最大限に生かす、新たなチャレンジに打って出た。また、この7代目でも平行してファミリアの姉妹車としてフォード・レーザーがオートラマ系列で販売されていた。ファミリアとは大幅に異なるデザインが与えられ、特に3ドアは「クーペ」スタイルとなった。なおワゴン・バンは先代BFのままでエンブレムの変更など、一部の改良にとどまった。プラットフォームにマツダ・BGプラットフォームを採用。エンジンはディーゼルを除き、DOHCだけでなくSOHCも全て16バルブ化され、ホイールのPCDが114.3mmから100mmに変更になった。
  • 1991年1月、マイナーチェンジ。内外装のフェイスリフトを行い、1.5LDOHCエンジンの可変バルブ化ならびにキャブ仕様の電子制御燃料噴射(EGI-S)仕様への変更が行われた。
ファミリアアスティナ

5ドアモデルのアスティナは、それまでのホンダ・シビックなどを含めて、全ての車が追求してきた実用車としての5ドアハッチバック、という概念をまったく覆す「4ドア・クーペ」のコンセプトで作られ、新たに「アスティナ」のネーミングを与えられた。同型の姉妹車となるユーノス100もユーノス店向けに供給された。ボブスレーがデザインのモチーフとされている。リトラクタブルヘッドランプの採用などにより、非常にスポーティなスタイルであったが、大人4人分の空間と荷物スペースはきっちりと確保されており、この高い実用性と走りの融合がヨーロッパで人気を集めた。このアスティナは次世代でランティスへと発展する。

サプリーム

通常グレードとは別に高級仕様として設定されたセダン。前後バンパーが北米仕様の長いものとなり、リアナンバープレートの取り付け位置がトランクリッド側にある。内装は電動スライドシートを装備するなど5ナンバーのファミリカーでありながら一つ上のクラス並の装備を備える。エンジンなどは1500ccのセダンと同じものとなる。

GT-X

WRCをねらったモデルは、GT-Xとして登場した。1800ccで180psを出すこのグレードは、旋廻性を考慮して、センターデフロックを排除し、ビスカスLSDが導入された。リアデフも純正でビスカスLSDが装備された。1800ccのインタークーラー付きターボモデルのGT-Xは180psものパワーを出し、WRCで1989年グループN部門のマニュファクチュラーズ・チャンピオンシップおよび1991年のドライバーズ・チャンピオンシップを勝ち取った。しかし、インタークーラーが横置きで、放熱に問題があった。その後、1992年1月にWRCでのパワー不足を補うためにGT-R(210ps)を発売。インタークーラーもフロントに設置された。バブル崩壊による会社の資金難により、ワークスチームは1992年を持ってWRCからは無期限撤退となり、以降の参戦は無かったが、プライベートチームにより、1993年グループNチャンピオンとなるほか、全日本ダートトライアル選手権三連覇を達成した。他には先代と同様にGT-Xベースの競技モデルとしてGT-A、そしてその後継にGT-RベースのGT-Aeがある。マツダの特別限定車に与えられるアンフィニ(∞)グレードが、セダンに設定された。GT-Xと同じ1800ccエンジンを搭載したが、NA化され、アンフィニグレードの特徴であるFFスポーツとなった(4WDではない)。フロントデフはビスカスLSDが標準装備された。リアに張られた∞デカールと、フロントマスクがハッチバックのヘッドライトを採用している点、グリルに∞マークがある点が、一般のファミリアセダンとの見分けポイントである。


8代目 BH型(1994年 - 1998年)

マツダ・ファミリア(8代目)
BH型
4ドアセダン(前期型)
1994年6月 - 1996年11月
Mazda Familia 001.JPG
NEO
1994年6月 - 1996年11月
1994 Mazda Familia-Neo 01.jpg
3ドアハッチバック
1996年11月 - 1998年6月
Mazda 323 front 20070326.jpg
販売期間 1994年6月 - 1998年6月
乗車定員 5人
ボディタイプ 3ドアハッチバック
4ドアセダン
エンジン BP-ZE型1.8L 直4 DOHC
B6-DE型 1.6L 直4 DOHC
B5-ZE型 1.5L 直4 DOHC
Z5-DE型 1.5L 直4 DOHC
Z5-DEL型 1.5L 直4 DOHCリーンバーン仕様
B3-ME型 1.3L 直4 SOHC
4EE1-T型 ディーゼル1.7L 直4 ターボ
変速機 4速AT / 5速MT
駆動方式 FF / 4WD
全長 4,335mm
全幅 1,695mm
全高 1,420mm
ホイールベース 2,605mm
車両重量 1,110kg
データモデル 4ドアセダン 1.5インタープレーX 4速AT
別名 欧州:マツダ・323
プラットフォーム マツダ・BHプラットフォーム
-自動車のスペック表-
  • 1994年6月に発売。プラットフォームにマツダ・BHプラットフォームを採用。ホイールベースが伸ばされ、セダンはマツダの時流であったイタリアンなデザイン、3ドアハッチバックには「ネオ(NEO)」というサブネームが付けられ、2代目フォード・フォーカスのようなクーペルック(カムバックスタイル)の奇抜なデザインだった[8]。セダンは、初代ルノー・ラグナのデザインと共通性がある。ラグナをデザインしたパトリック・ル・ケモンは、8代目ファミリア開発当時フォードのデザイナーであり、その後ルノーに移籍しラグナをデザインした。エンジンは1500cc・1600cc(フルタイム4WDのみ)1800cc(後に追加された)・いすゞ製の1700cc空冷インタークーラー付ターボディーゼルの3本立てとなり、1500ccにはリーンバーンエンジン車も設定された。後述の「ネオ」との兼ね合いもあり、1996年11月まで先代モデルの1300cc[9]が継続生産されていた。この代ではワゴンとバンのラインナップされず、日産からOEM供給を受ける。発売当初はクラストップの低価格を売りとしていたが、実態は最廉価モデルの価格であり、中級以上のグレードではライバル車と価格面での優位性はほとんどなかった。当時は各社がコスト削減に取り組んでいた時代で、このモデルも先代よりコストダウンされていた。マツダの基幹車種であるにも関わらず、ファミリアネオの月販は100台前後を彷徨うという惨憺たる非常事態に陥いる。
  • 1996年11月のマイナーチェンジで従来のハッチバックのイメージに近い、オーソドックスな3ドアに刷新された。これに伴い、7代目3ドアは生産終了。海外向けの3ドアはネオ(名前は異なる)が継続生産された。しかし、国内ではすでにステーションワゴン・ミニバン・トールワゴンが販売の中心になっていた。セダンは新3ドアの導入にあわせてフェイスリフトされ、全車ヘッドランプはマルチリフレクター化される。1300cc・SOHC16バルブEGIガソリンエンジンが追加された。
  • 1995年12月には生産累計1000万台を達成したものの、拡大路線が裏目に出たマツダは、創業以来の苦境に見まわれた。


9代目 BJ型(1998年 - 2003年)

マツダ・ファミリア(9代目)
BJ型
セダン(前期型)
1998年6月 - 2000年10月
Mazda Familia Sedan 1998.JPG
S-ワゴン(前期型)
1998年6月 - 2000年10月
Mazda Familia S-Wagon 003.JPG
販売期間 1998年6月 - 2003年10月
乗車定員 5人
ボディタイプ 5ドアハッチバック
4ドアセダン
エンジン FS-ZE型 2L 直4 DOHC
FP-DE型 1.8L 直4 DOHC
ZL-VE型 1.5L 直4 DOHC
ZL-DE型 1.5L 直4 DOHC
B3-ME型 1.3L 直4 SOHC
RF型 ディーゼル2L 直4
変速機 4速AT / 5速MT
駆動方式 FF / 4WD
サスペンション 4輪ストラット
全長 4,200mm
全幅 1,695mm
全高 1,420mm
ホイールベース 2,610mm
車両重量 1,170kg
データモデル S-ワゴン 1.5R 4速AT
別名 欧州:マツダ・323
後継 マツダ・アクセラ
プラットフォーム マツダ・BJプラットフォーム
-自動車のスペック表-
  • 1998年6月、ファミリア最後のフルモデルチェンジ。開発費を抑えるため、主要パーツはカペラと共通化された。プラットフォームにマツダ・BJプラットフォームを採用。セダンのデザインは保守的なものだったが、5ドアは販売戦略上「S-ワゴン」と呼ばれ、インプレッサ同様の、“ショートワゴン”的な5ドアハッチバックである。4WDは、マツダとしては初となるスタンバイ式を1500ccに(セダン/S-ワゴン)、フルタイム式を1800ccに(S-ワゴンのみ)設定。先代までの1600ccB6エンジンは当初より設定されなかった。1800cc/フルタイム式は、1999年に追加された「スポルト20」に4WDが設定された事もあり、2000年10月のマイナーチェンジ時にカタログ落ちした。1500ccエンジンは、ZL-DE(110ps)とZL-VE(130ps)の2種類がラインナップされた。ZL-VEは、可変バルブタイミングを採用。台湾ではmazda3(アクセラ)が発売された後でもしばらくの間、併売でこのBJ型が「マツダ・イサム・ゲンキ」の名で生産・販売されていた。なお"ゲンキ"の名はmazda3のサブネームとして残っている。
  • 1999年8月、2000ccエンジンを積みエアロ外装を纏った「スポルト20」が追加された(セダンは2001年に追加)。2000ccのFS-ZE型はカペラからの移植のため、FFファミリアの系統であるB型エンジンと違い、低回転域のトルクが太い特徴を持つ。出力は170ps。(排ガス規制クリアのため、2002年9月に165psにダウン)
  • 2000年10月、マイナーチェンジ。内外装フェイスリフト。
  • 2003年10月、新たに登場したマツダ・アクセラにバトンを渡す格好で、オリジナルのファミリアとしては9代40年に及ぶ長い歴史に幕を降ろした。ただし「マツダ ファミリア」のブランド自体は、現在も販売中のファミリアバン(日産・ADバンのOEM)により継続されている。
マツダスピードファミリア

セダンタイプのスポーティーバージョンとして、2001年5月に100台限定として発売された限定車である。その後、同年9月に100余台が追加生産された。エンジンは当時セダンには非搭載であった、Sワゴンのスポルト20用のFS型をハイカム、ハイコンプピストン、ポート研磨、ピストンのクリアランス最適化、ステンレス製集合菅、専用低排圧サイレンサでチューンして搭載。外装はスポルト20用エアロパーツを基本的にはそのまま装着し、リアバンパーは北米仕様の大型バンパーを装着していた。足回りは専用のハードダンパーと大径スタビライザーで強化され、205/45R17の大径サイズタイヤを標準装着していた。制動器も15インチローターと強化されている。BJ5P改とされたこのセダンは、NAで175psを発生し、久々にスポーティなファミリアがカンバックした。ただし、マツダスピード側のエンジンチューンが不完全であり、アイドルが安定しないため、パワーよりアイドル安定性を求めるユーザー向けに専用カムシャフトへの無償交換が案内された。ボディーカラーは専用色スターリーブルーマイカという青色のメタリックであり、標準装着のホイールがゴールドであることもあいまってインプレッサによく似た外観となっていた。北米ではMazda Protegé MP3[10]として発売されたが、国内では「マツダスピード」の方が知名度が高いため、マツダスピードのグレードネームが与えられた。北米では、このProtageに、2000ccFSエンジン+シングルターボを搭載した、マツダスピードプロテージが発売された。


OEMモデル

生産・開発コストを抑えるため、1994年より日産自動車からOEM供給を受けている。

バン/ワゴン Y10型(1994年 - 1999年)

Y10型ファミリアワゴン(後期型)1996年 - 1999年 Y10型ファミリアワゴン(後期型)1996年 - 1999年
Y10型ファミリアワゴン(後期型)1996年 - 1999年
  • 1994年、継続販売されていた6代目バン/ワゴンに変わり登場。日産・ADバン/日産・ADワゴンベース。
  • 1996年、ワゴンのベース車両であるADワゴンがマイナーチェンジでウイングロードと改称、それに伴いファミリアワゴンもマイナーチェンジされた。


バン/ワゴン Y11型(1999年 - 2008年)

Y11型ファミリアバン
(後期型)

ADバンのOEM車。ADバンのフルモデルチェンジと同時に登場。ターゲットをビジネスユーザーに絞る。先代モデルの流れから装備でファミリアバンと差別化したファミリアビジネスワゴン(BW:3-2年車検の5ナンバー登録ながら、バンに順ずる内外装を持つ。歴代ボンゴなどにも設定あり。)がラインナップされていたが、2000年にファミリアバンに統合。

バン Y12型(2007年 - )

Y12型ファミリアバン Y12型ファミリアバン
Y12型ファミリアバン

2007年1月24日、ベース車のAD、ADエキスパートから約1ヶ月遅れでファミリアバンがフルモデルチェンジ。フロントグリルとバンパーが日産ADとやや異なっている。また、「Familia」のロゴも他の現行マツダ車同様のものに改められた。新型車のエンジンが1200cc、1500cc、1600cc(4WD)、1800ccの3種類、トランスミッションは4速ATのみ。(AD、ADエキスパートも同様)。

車名の由来

ファミリアとはスペイン語で「家族」の意味で、「家族揃ってドライブを」という想いがこめられている。ヨーロッパでは「Mazda 323」の名称で販売されている。また、北米では「Mazda GLC (グレート リトル カー)」、1990年代より「プロテージュ」の名称で販売されていたこともあった。

脚注

  1. ^ バンは1968年まで。
  2. ^ バン、トラックは1978年まで。
  3. ^ 厳密にはビッグマイナーチェンジに近く、ドアは従来型の流用となる。
  4. ^ 1965年より続いたファミリア最後の2ドアクーペモデル。1987年にエチュードとしてファミリアベースの2ドアクーペが復活したが、1代で消滅した。
  5. ^ バンは1985年まで。
  6. ^ バン、ワゴンは1994年まで。
  7. ^ ハッチバックは1996年まで。
  8. ^ 国内では不人気だったものの、海外(特に欧州)市場では好評だった。デザイン的にはランティスの3ドアクーペ版とされる。
  9. ^ 自家用向けのクレールGスペシャルとビジネス向けのTB
  10. ^ ちなみにProtegé MP3のCDプレイヤーはMP3に対応していた。

関連項目

ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ
  • マツダ
  • フォード・モーター
  • マツダ・グランドファミリア
  • マツダ・ファミリアアスティナ
  • マツダ・エチュード
  • マツダ・アクセラ
  • フォード・レーザー - 姉妹車
  • フォード・エスコート(メキシコ製北米向けモデル)
  • 日産・AD - 8代目以降の姉妹車
  • スバル・レオーネ - バンの姉妹車
  • 三菱・ランサーカーゴ - バンの姉妹車

外部リンク

  • ファミリア物語
  • 【M】MAZDA FAMILIA VAN

クロスオーバー


前のページ
マツダ自動車
コンテンツのトップ 次のページ
マツダ ロードスター


メインメニュー
 プライバシー・ポリシー
当サイトでは、第三者配信による広告サービスを利用しています。
このような広告配信事業者は、ユーザーの興味に応じた広告を表示するため、当サイトや他サイトへのアクセスに関する情報
(氏名、住所、メール アドレス、電話番号は含まれません)を使用することがあります。
お使いのブラウザでプライバシーの設定を変更することで、アクセスに関する情報を保護することも可能です。
詳しくはお使いのブラウザヘルプをご確認ください。

ホーム      コンタクト      運営会社



Copyright c 2007-2008 jp.world-car-auto.com All rights reserved.

自動車と世界の自動車メーカー